日税FPメルマガ通信 第364号

 

Ⅰ. 日本経済の現状と今後の見通し

1. 円安、物価上昇、ロシア・ウクライナ情勢などの要因
(1)貿易収支

貿易赤字が長期化する恐れが出てきました。財務省が2022年6月16日発表した5月の貿易統計速報によりますと、輸出額から輸入額を引いた貿易収支は2兆3846億円の赤字でした。比較可能な1979年以降で、赤字額は過去2番目の規模に膨らみました。その背景には、原油価格が高止まりし、輸入額が輸出額を上回り、さらに、円安に歯止めもかからず、年度ベースでは過去最大の赤字になる可能性があります。

貿易赤字は10カ月連続であり、2014年1月に記録した過去最大の赤字額の2兆7951億円に迫ります。


・輸入額は:年同月比で48.9%増の9.6兆と3カ月連続で過去最大を更新。
・原油は147.2%増、石炭は267.7%増、液化天然ガス(LNG)が154.7%増とエネルギー関連の品目の伸びが著しい。

外国為替市場で進む円安・ドル高の影響もあります。5月の円相場は、平均で1ドル=129円17銭と1年前の同108円80銭から2割近く円安・ドル高が進みました。

・輸出は改善傾向にあるものの、力強さに欠ける。
・5月の輸出額は、前年同月比で15.8%増の7兆2520億円と15カ月連続で増えた。鉄鋼が60.2%増、半導体などの電子部品も21.1%増えた。

また、中国向けの輸出は、新型コロナウイルスの感染封じ込めを狙う「ゼロコロナ政策」の影響で、0.2%減の1兆3897億円と2カ月連続で減りました。

(2)日本の物価上昇
総務省が2022年6月24日発表した5月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が101.6となり、前年同月比2.1%上昇しました。

なお、上昇率は2カ月連続で2%を超えました。



(3)2022年5月現在の消費者物価指数と企業物価指数の乖離
・消費者物価指数: ∔ 2.1%(前年比)
・企業物価指数: ∔ 9.1%(前年比)



(4)価格転嫁が十分できていない現状
新型コロナウイルス禍に苦しめられ、ゼロゼロ融資(新型コロナウイルス禍で売り上げが減った企業に実質無利子・無担保で融資する仕組み)などで乗り切ったものの、コロナ前の業績にはなかなか戻らず、借入金の増加が将来への不安材料になっている中小企業は少なくないです。

その中小企業を今度はロシア・ウクライナ情勢、原材料価格高騰、円安という新たな問題が直撃し、経営状態をより悪化させています。

国内企業はコストアップに対して、価格転嫁できていない場合も多いです。

・価格転嫁できている割合(仕入れコスト上昇分に対する価格転嫁できた割合)についての回答は「10割(すべて転嫁できている)」が6.4%、

・「8割以上」が15.3%、以下、

「5割以上8割未満」(17.7%)

・「2割以上5割未満」(16.6%)、

「2割未満」(17.3%)

「0割(全く転嫁できていない)」(15.3%) となった。


多少なりとも価格転嫁できている企業は、全体の73.3%を占め、価格転嫁率の平均は44.3%となりました。

つまり、100円のコストアップ(仕入れ価格の上昇)に対する売価への反映は、 現状では44.3円にとどまっております。

つまり、残りの55.7円は自社負担している現状が浮かび上がってきます。業種別(大分類10業種)に価格転嫁率をみますと、

・トラック運送などを含み原油価格高騰の影響を大きく受けている「運輸・倉庫」は19.9%と、平均を24.4ポイント下回る。
・小麦価格や輸送費の上昇の影響を大きく受けている「飲食料品・飼料製造」(33.6%)なども転嫁が進んでいない。
・一般貨物自動車運送の企業からは、「下請けの下請けでは、価格転嫁など到底かなうものではない」。
・飲食料品・飼料製造の企業からは、「問屋さんに価格転嫁を認めてもらえない」という苦しい声が上がっている。
値上がり分をすべて転嫁しなければ経営が維持できず、その都度、転嫁を実施していく意向の企業もあれば、他社との競合もあり、躊躇している企業などもあります。

(5)日本銀行のコメント
6月16~17日の金融政策決定会合の後に、黒田総裁は、今後の金融政策については「賃金の上昇を伴うかたちで、物価安定の目標を実現できるよう金融緩和を実施していく」との考えを改めて示しました。

総務省が発表した2022年5月の生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)の上昇率は前年同月比2.1%と2カ月連続で目標の2%を超えました。「当面、2%程度で推移するが、その後はプラス幅を縮小していく」との見通しを示しました。

なお、先行きについても、政府の経済対策や緩和的な金融環境に支えられながら「回復基調をたどる」を維持しました。

資源価格の高騰を主因とした足もとの物価上昇や円安、海外金利に連れて上昇基調をたどる長期金利の動向などを踏まえ、政策の一部を修正するとの観測もありました。

しかし、黒田日銀総裁は会見で、「賃金の本格的な上昇を実現し、国内経済を回復軌道に乗せるために、強力な金融緩和が必要である」ともコメントしました。

加速するインフレの鎮静化のため、利上げを進める欧米と日本の金融政策の方向性の 違いが一段と鮮明となりました。

黒田日銀総裁は、金融緩和の必要性を強調しているものの、加速する円安に歯止めがかからなければ、日銀は政策変更を迫られる可能性もありそうです。

日銀が、物価と円安を注視しながら、今後どのような舵取りをするかが注目されます。

日銀が長期金利を抑えれば抑えるほど、米欧との金利差が広がって円安圧力が強まる問題もあります。黒田総裁は会見で「急激な円安は経済にマイナス」と語りましたが、緩和継続の姿勢との矛盾は否めないです。

円相場では、1ドル=135円台半ばと24年ぶりの安値を付けました。円安は、輸入物価の上昇を通じて物価を押し上げ、企業や家計の負担感を高めて、一般的にはマイナスの要素の面もあります。

日銀は緩和継続のメリットとコストを勘案して政策を決めていますが、そのバランスは大規模緩和が長引くにつれて微妙になりつつあります。

急速な為替変動を受け、声明文のリスク要因には「金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を十分注視する必要がある」が追記されました。



日銀での会合前には円安進行に伴う政策変更等を警戒した海外投資家が国債売りを仕掛けるも、日銀の政策スタンスは不変でした。

足元は、資源価格上昇によるコストプッシュ型のインフレと言及しており、当面は2%物価安定目標に向けて賃金・物価上昇の好循環を図るべく金融緩和が続けられる見込みです。

日銀の金融緩和継続や貿易赤字に伴う輸入企業の外貨需要を背景に、当面は円安傾向が続きそうです。

引き続き米株市場の影響で不安定な相場が続くとみるも、米株対比での日本株の割安感や円安に伴う輸出企業の業績改善期待等は日本株の下値を支える材料になると考えます。

米国の急速な金融引き締めは、世界の金融市場に大きな影響を与えます。大規模な金融緩和を続ける日本銀行との政策の違いは大きく、日米の金利差拡大から円安・ドル高が進みやすい状況が続くとみられます。

<ご参考> 米国の6月分のISM製造業景気指数(7月1日に公表予定)や中国PMI(6月30日に公表予定)等に注目して下さい。
また、米国は6月28日の消費者信頼感指数(6月)、6月30日の個人消費支出(PCE)とPCEデフレーター(5月分)、が今後の金融政策にも影響が出るので注目されます。
また、6月29日にはパウエル米国のFRB議長が討 論会に出席予定です。
また、7月1日の日銀短観(6月分)では、企業の物価見通しが重要です。

(6)日本の強みの自動車産業の回復
上海など中国でのロックダウンが解除され、停滞していた自動車生産の回復が期待されています。

加えて、5月の鉱工業生産指数では、集積回路の出荷が急減し在庫率が急上昇するなど、これまでボトルネックとなっていた半導体などの部材不足に解消の兆しが少しずつですが見えてきました。

自動車の国内生産は日本経済への波及効果が大きく、為替の円安効果も期待できる状況にあり、今後の動向に注目したいと考えます。

確かに世界的な半導体不足に加え、オミクロン株の影響で日本での工場稼働が縮小し、生産が下振れましたが、挽回しようと各自動車メーカーが動き出しています。

自動車産業は経済波及の範囲が広いので、挽回生産が行なわれなければ日経平均の回復はおろか、下落局面に突入するリスクを含んでいます。

なお、サービス業はコロナ禍前の水準への完全回復にはほど遠いですが、飲食業、宿泊業、旅客運送業はポストコロナの経済正常化とともに、海外の観光客によるインバウンド需要も増えて業績が回復の方向であります。

しかし、リスク要因として、ロシア・ウクライナ情勢の長期化にともなう資源価格の高騰や、海外経済の動向など、国内経済をとりまく不確実性は大きく、引き続き注視していく必要があるとコメントされました。

Ⅱ. 米国経済の注意点 

    1. 米国経済のポイント
    (1)米国の金融政策

    米国では、3月のFOMCでは0.25%の利上げ、5月のFOMCでは0.5%の利上げ、そして今回6月のFOMCでは0.75%の利上げと利上げ幅は加速しています。

    金融市場の観測によって金融政策がかく乱されないように、FRBのパウエル議長は、「0.75%幅の利上げが標準にはならない」と釘を刺したうえで、「次の7月会合でも0.5%か0.75%の利上げを行う可能性が高い」と述べました。

    これによって、利上げを継続する意思を示すとともに、利上げ幅が1.0%へとさらに加速する訳ではないこと、今回と同様に0.75%幅の利上げが続くとは限らないことを示しました。

    FRBは再び金融政策決定について、金融市場に主導権を握られないよう、情報発信を強化し始めたのであります。

    ◆FOMC(米国の連邦公開市場委員会)のポイント

    ▽通常(0.25%)の3倍にあたる0.75%の利上げ。
     政策金利は年1.50~1.75%に。
    ▽7月の会合でも0.5%か0.75%の利上げを検討
    2022年末の政策金利見通し(中央値)は3.4%
    ▽保有資産の規模縮小(量的引き締め)を継続
    ▽2022年10~12月期の実質国内総生産成長率見通しは前年 同期比1.7%増。
     2022年3月時点より0.9ポイント下方修正





    (2)米国のインフレ

    <ご参考> 米国は日本よりも厳しい物価上昇  消費者物価指数∔ 8.6%(前年比)

    高インフレの期間が続くと、国民は将来のインフレも高いと思って行動するため、結果として将来のインフレ率も高くなります。

    そうしたスパイラルを断ち切るために、早期に足元の高インフレを押さえ込む必要がでてきたわけであります。

    2022年6月の米国FOMC声明文では、「インフレ率を2%の目標に回帰させることに強く取り組む」と、新たに決意表明されました。

    インフレ抑制という点では望ましいことでありますが、同時にインフレ抑制の過程での景気悪化も辞さずということでもあります。



    実際に6月FOMCで示された経済見通しでは、GDP成長率の見通しが大幅に下方修正され、市場では景気悪化懸念が強まっています。

    <ご参考>

    6月17日の米株式市場で、ダウ工業株30種平均は続落し、週間で1,504ドル(4.8%)安となりました。前週末比で下げて終わるのは3週連続でした。

    米連邦準備理事会(FRB)が0.75%の利上げを決め、市場は金融引き締めの加速を織り込み、米経済が景気後退に陥るとの懸念が高まり、株売りが広がりました。

    ダウ平均の6月17日終値は、前日比38ドル(0.1%)安の2万9888ドルで、前日の6月16日にはおよそ1年半ぶりに3万ドルを下回りました。6月17日は前日までの下げがきつかったハイテク株に押し目買いが先行する場面もありましたが、取引終了間際にかけて売りが優勢となり、連日で年初来安値を更新しました。



    2. 米国で特に重要な個人消費支出の動向
    個⼈消費⽀出には、景気後退期に入ってきました(景気後退期の定義 :2四半期連続のマイナス成⻑です)。

    その理由は、2022年1-3⽉期に純輸出と在庫投資主導でマイナス成⻑となっていることやアトランタ連銀が試算するGDPトラッカーが4-6⽉期のGDP成⻑率が、ほぼゼロを⽰しています。

    2022年5月の米国の小売売上高は、前月比▲0.3%と弱かったことなどに因ります。個⼈消費⽀出が下振れすると景気後退懸念が高まっていきます。

    米国で消費額の大きい自動車等高額商品の購入が大幅に減少しており、物価高による財需要鈍化が示唆されました。

    他方で、飲食サービスは前月比+0.7%と増加基調を維持、夏のバケーションシーズンに向けてサービス消費の巻き戻しが期待されます。

    とはいえ、インフレに伴う購買意欲減退や、秋以降の消費活動縮小は懸念材料です。米国の労働市場は人手不足(コロナの感染を避けるために高齢層が退職したことや、子どもへの感染や学級閉鎖によって子育て世代の女性が職場復帰しにくい)が続き、年内に景気後退へ陥るとの見方は少ないものの、金融引き締めが需要を過度に冷やし、来年以降の深刻な景気後退に繋がるリスクが警戒されます。

    物価については金融引き締めを映じた住宅需要減少や賃金鈍化の兆しはみられますが、天然ガスや原油価格の高騰が続くなか、ウクライナ情勢や欧米の対露制裁の行方にも左右されそうです。

    当面は、米経済指標や金融政策の変化に敏感な相場環境が続くと予想されます。

    3. 世界的に金融引き締め政策が優勢
    ウクライナ侵攻の長期化にともなうエネルギー価格の高騰や物流網の混乱などの影響もあり、インフレ率は世界的に高まっており、政策金利引き上げに舵を切る中央銀行が増えています。

    6月に入ってから豪州、カナダ、米国、英国で利上げが実施されました。その他にスイスが約15年ぶりに利上げを実施しました。

    また、これまでは利上げに積極的な姿勢を示していなかったECB(欧州中央銀行)も次回7月の会合で利上げを実施するとの方針を示しています。

    ・グラフ1 日米欧の消費者物価指数の推移 ・グラフ2 主要国の政策金利の推移




    ・グラフ3 日米欧の10年国債利回りの推移 金融引き締めで長期金利は上昇基調




    世界各国の中央銀行はインフレ抑制姿勢を強めているものの、インフレ圧力の高まりが続いており、金融引き締めペースが加速するとの懸念から各国の国債利回りは上昇(価格は下落)基調を強めています。

    2021年末から6月21日までの10年国債利回りの上昇幅は

    ・米国が1.77%(1.51% ⇒ 3.28%)、

    ・ドイツが1.95%(-0.18% ⇒ 1.77%)と

    急激な上昇に見舞われています。

    6月16日には利上げは当分先とみられていたスイスが利上げを実施したことで、市場では世界各国が利上げを急ぎ、先行きの景気が減速するとの懸念からリスク回避姿勢が強まり、長期金利は一時のピークからは低下(価格は上昇)しています。

    足元では景気減速懸念が強まりつつあり、投資家がリスク資産を敬遠する姿勢がみえつつあることから、インフレが落ち着きさえすれば、クーポン収入が期待できる債券への需要が高まってくることも考えられます。

    4. 米国で住宅ローン金利が急騰(今後の住宅市場に影)

    連邦準備理事会(FRB)の利上げにより、米国で住宅ローン金利が急騰しています。米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)が6月16日更新したデータによると、30年固定の住宅ローン金利(週平均)が5.78%となり、前週から0.55%上昇しました。この週間の上昇幅は、1987年4月以来で約35年ぶりの大きさとなります。

    住宅ローン金利は2008年11月以来の高水準で、1年間で約2倍に上昇しました。



    急ピッチな金利上昇は、住宅市場の景況感に影を落とします。住宅ローンの申請件数も22年ぶりの低水準に落ち込んでいます。

    金利の上昇がさらに鋭さを増せば、米国内総生産(GDP)の3~5%を占める住宅投資が過度に冷え込み、家電などの関連需要の落ち込みも生じて景気後退リスクが高まります。

    家計や金融機関の財務基盤は強固とFRBは主張しますが、ノンバンクを含め金融システム面の危機の火種は随所に存在します。



    Ⅲ. チャート(日米の株価&為替) 出所:ブルームバーグ

    1. 日経平均株価(225種):5年間         2. ニューヨークダウ(米国):5年間
     2022年6月27日時点(5年間)            2022年6月27日時点(5年間)
     年初来騰落率▲6.5%                 年初来騰落率 ▲13.5% 

    3. 為替・米ドル/円  
     2022年6月27日時点(5年間)




<著者プロフィール>
乾 晴彦 氏
CFP、1級FP技能士、DCアドバイザー、宅建取引士(旧:宅建主任者)、証券外務員一種資格、終活カウンセラー、PB(プライベートバンキング)資格 昭和31年生まれ。
長年にわたり金融機関でコンサルティング業務を担当後、大手証券会社の人材開発室で、FP・生命保険の社内講師を務める。
現在は、銀行・証券・保険会社をはじめとする上場企業での社員向け営業研修講師、また、大学や大手資格予備校、FP教育機関でのFP研修講師として活動している。シニア層や富裕層向けの研修・相談業務には定評があり全国にファンも多い。

■■■■■ 著 作 権 な ど ■■■■■

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