日税FPメルマガ通信 第322号

 

 <新たなる運用手法「M&Aアービトラージ戦略」とは> 2020年2月20日発行 

 

 

 M&Aアービトラージ戦略とは、その名の示す通り、企業買収を意味するM&Aが行われるタイミングを狙って、アービトラージ(裁定取引)を行うという株式投資の戦略です。

 アービトラージとは、同じ商品(投資対象)の市場ごとの価格差を利用して収益を上げる取引手法のことを指します。最も頻繁にアービトラージが活用されるのは、現物と先物の両方が売買されている市場で、同じ商品の現物と先物の価格差を利用して収益を上げます。

 また、ここ数年で急激に盛り上がった仮想通貨の投資では、乱立した取引所で独自に売買されているビットコインなどの通貨に対して、それぞれの取引所ごとの価格差を利用して、高い方を売り、安い方を買うことによって儲けるアービトラージが多用されました。

 このようなアービトラージという投資手法がM&Aと結びついたとき、一体どのような投資戦略が生まれるのかについて解説します。

1.株式市場は大きなイベントがあまり発生しない退屈な市場

  

 はじめて株式に投資をしたとき、多くの個人投資家は意外と動かない上場企業の株式を眺めながら、とても退屈な市場だと感じます。

 上場企業とは既に成熟した会社ですので、株価を大きく左右するようなイベントが発表されることはほとんどないのです。

 このため、個人投資家たちはチャート分析によって売買を繰り返しながら小さな利益を積み重ねるデイトレードに向かったり、株式市場において最大のイベントのひとつである株式公開のタイミングを狙ったIPO投資に舵を切ったりします。

 前者はイベントを期待するファンダメンタル投資を諦めた投資家たちで、後者は既に上場した企業からはイベントが発生することはないと諦めた投資家たちです。

 しかし、金融や投資のプロフェッショナルであるヘッジファンドなどの大口の投資家たちは、ありとあらゆる投資機会で収益を上げることが使命ですから、既に上場している企業が起こすイベントから収益を得ることを諦めることはありません。

 このような上場企業によるイベントを狙う投資のことを「イベントドリブン投資」と呼びます。そして、今回のテーマであるM&Aアービトラージ戦略もまた、イベントドリブン投資のうちのひとつです。

2.上場企業が上場企業を買収するM&Aは株式市場の大イベント

 

 成熟した会社である上場企業が、既存の事業を継続していることで大きなニュースになることは、ほとんどありません。特に日本の上場企業の経営者たちは長期的で緩やかな株価の上昇を理想としていますので、突発的な株価上昇が発生するような経営を行っていません。

 そんななか、数年に1回程度の頻度で発生するのが、上場企業が上場企業を買収するM&Aです。

 M&Aの過程では一般的に、買収される側の株式は一時的に上昇し、逆に買収する側の株式は下がる傾向にあります。特に注目するべきは買収される側の株式で、個人投資家などから株式の売却を求める一般公開買い付け(TOB)が行われる場合には、買収する側による人為的な価格が設定されます。

 正常な市場では、買いたい側と売りたい側の考えが一致したときに市場の原理で価格が決定されますが、TOBについてはあくまで買収する側の企業が値付けした価格が提示されます。少なくとも経営権を確保するために50%以上の株式を手に入れる必要がありますので、現在の市場価格より高いプレミアム価格が設定されます。

 このような市場の原理ではない人為的な価格決定が行われることは、市場にとっては大イベントとなります。

 このM&Aを伴うイベント相場は、世間の注目度が高いために売買量は十分にあり、TOB価格より少し安い価格帯が上限であることが明確な、非常に分かりやすい相場であることが特徴です。

 

3.個人投資家はM&Aアービトラージ戦略を実行できるのか

 買収する側の株価は一時的に下がり、買収される側の株価は一時的に上がるという共通認識のもとで、M&Aアービトラージ戦略は実行されます。

 M&Aのための動きが始まった初期段階では、買収する側の株価が下がると予想されるので売りの取引を選択します。一方で、買収される側の株式は上がることが予想されますから買いの取引となります。

 しかし現実としてはM&Aに関する交渉は水面下で行われますから、インサイダー取引に抵触しないような第三者の立場の投資家が、初期段階が始まる以前に情報を得ることはほぼ不可能だと言えます。

 そこで次に投資家たちが狙うのはTOBが終了して、それぞれの株価が平常モードへと戻るタイミングです。買収する側の企業の株式は、健全なM&Aであると投資家が判断するのであれば、M&Aの成功によって少なくとも以前と同じ株価まで戻ります。また、買収される側の企業の株価は、TOBのためのプレミアム相場が終わり、以前の株価まで値を戻します。

 初期段階に一般投資家が乗ることは非常に難しいですが、TOBの終了時点を予想しながら2つの企業の株式を売買することの難易度はさほど高くないでしょう。

4.M&Aアービトラージ戦略のリスクとリターン

 

 平穏な株式市場に発生する大イベントであるM&Aに狙いを定めて収益を上げるM&Aアービトラージ戦略は、人為的な価格決定プロセスを活かしながら、リスクを抑えつつ収益を上げるという戦略です。

 ただ、相場の動きが比較的予想しやすいことから簡単に収益が上げられるように感じますが、実際にはリスクとリターンが均衡しており、意外とハイリスクハイリターンな投資です。

 M&Aアービトラージ戦略にとって最大のリスクとなるのは、M&Aの失敗です。買収する側が方針を転換して急にM&Aを諦めることはありませんが、価格設定を間違えてしまったために失敗に終わる可能性があります。この場合には、買収される側の株式は予想通りに下がりますが、買収する側の株式も同じく下がりますのでアービトラージが機能しません。

 また、M&Aが発表されたことによって、これまで注目されていなかった買収される側の企業の業績や事業内容について詳細に分析が行われることで、思いがけず株価が高値のままで維持される可能性もあります。

 このようなリスクが伴う戦略ではありますが、もちろん予想通りに進んだ場合には十分なリターンを上げることができます。

 世間を騒がせるような大きなイベントが発生するがいつになるのかは、市場に参加している投資家たちにとっては予想することが難しいですが、このような戦略を活用する投資家もいることも是非押さえておきたいものです。

 

 

<著者プロフィール>

福田 猛

ファイナンシャルスタンダード株式会社 代表取締役

大手証券会社を経て、2012年に金融機関から独立した立場で資産運用のアドバイスを行うIFA法人ファイナンシャルスタンダード株式会社を設立。資産形成・資産運用アドバイザーとして現役活躍中。 2015年楽天証券IFAサミットにて独立系アドバイザーとして総合1位を受賞。 東京・横浜を中心に全国各地でセミナー講師としても活躍し、大好評の「投資信託選びの新常識セミナー」は開催数240回を超え、延べ8,000人以上が参加。新聞・経済誌等メディアでも注目を集める。著書に『投資信託 失敗の教訓』(プレジデント社)等がある。

 

■■■■■ 著 作 権 な ど ■■■■■

著作権者の承諾なしにコンテンツを複製、他の電子メディアや印刷物などに再利用(転用)することは、著作権法に触れる行為となります。また、メールマガジンにより専門的アドバイスまたはサービスを提供するものではありません。貴社の事業に影響を及ぼす可能性のある一切の決定または行為を行う前に必ず資格のある専門家のアドバイスを受ける必要があります。メールマガジンにより依拠することによりメールマガジンをお読み頂いている方々が被った損失について一切責任を負

わないものとします。

 

本記事のダウンロードはこちら

 

参考

経済金融情報メディア「F-Style」:https://fstandard.co.jp/column/

“F-Style”とは?

人々のくらしと密接に関わる「お金のヒミツや仕組み」を、より分かりやすくお伝えする経済金融メディアです。

その他関連サービス

研修一覧:https://www.nichizei.com/nbs/seminars/

 

このページの先頭へ
  • 税理士報酬支払制度
  • 各種研修会・セミナー
  • 会員制サービス
  • コンサルティング支援サービス
  • 情報提供サービス